パシフィック・リムに見る、愛と熱

 

公開も終わりかけ、パシリムも祭も終焉を迎えそうだけれど、やはり熱には熱で応えておこうと思って書いておく。
IMAX 字幕版、RealD 吹替版で2回見ました。

 

原作への愛と敬意。

パシフィック・リム。監督などの製作陣だけじゃなく、あのテイストのポスターを作った広報、吹替版製作陣など。ありとあらゆるところの人たちが、巨大ロボと怪獣への愛と熱を貫き続けていることが嬉しかった。その姿勢がこの祭を作ったのだ。特に、吹き替えキャスティングにあのメンバーを揃えてくれた日本語版製作者の方々に感謝。「原作」に対して敬意、いやある意味では畏怖さえ持って作っている。好きなものへの愛に溢れた映画。それを思い出すとなんだか泣けてきちゃう。

「男の子病」が悪化しました。

中身がリッチすぎです。でっかくて固くて重くて、素早くて高くて切れ味が良くて、大きな声で叫んで戦うのが大好きな「男の子病」にちゃんと応えてくれる映画。

ひとつひとつの造形がちゃんと外連味があって素晴らしい。スーツの背骨部分とか脊椎のようなブレードとか。パイルダーオンしてたり、操縦法はライディーン+エヴァとか。エンドロール前の艶黒フィギュアとか。

一緒に見た嫁が「操縦法は脳と直結するほど進んでいるのにロボットは鉄って感じで重そうで古めかしいのが不思議」と言ってた。なじみのない人にはそうなんだなあ。いやいや、あれがいいんですよ。シュッとしたロボットが見たいんじゃない、「ロボ」が見たいんだー!。ロボ≒ロボットだということがよく分かった。

肉弾戦+白兵戦しまくってた。飛び道具が最小限だったのもよい。必殺技は叫んでから出すし、出すまでに時間がかかるとことか、そういうヒーロー&特撮モノのお約束がきちんと残ってるのが素晴らしい。昔のロボットアニメ&特撮ものはツッコミどころ満載だったけど、それは作品の面白さをスポイトするものではなかった。この作品もそう。だって、しっぽを切られた怪獣がジプシーを掴んで飛ぶけど、無理でしょ、あの翼のサイズとと身体の重みの関係からすれば、とか。

吹き替え版では、エルボーロケットがロケットパンチになってた。あの意訳はよしっ!

イェーガーの関節がなんかよかったわあ。子どもの頃、「アニメ・特撮に出てくるロボットを実現するには何よりも関節が大事なはずだ!」ってことで、可動域を大きくするにはどういう構造にすべきかを考えて、木で関節だけを作っていたことを思い出した。

「男の子病」にかかっていない嫁が見たって凄い。

映画見るだけなら家でもそこそこ出来る今、CDが売れずライブを体験することにお金を落とす流れの今。IMAX 3D+あの音響+あのリッチなコンテンツだったら、映画館で鑑賞することの意味があった。楽しい「体験」だった。ライブだった。作り手の熱も大きかったから。

たしかに、人を選ぶ映画だと思う。しかし、3Dだったり、吹き替えが凄かったり、なによりこだわりが徹底していたということで、普段はこういうものに興味がない嫁が映画館に足を運んだ。吹き替え版がいいと聞いたのでそっちも見た。これって凄いことじゃないか? あれは家で見るものではないし、映画館で「体験」するものだった。やつめ、2回目はちょっと寝てたけど(;^^)ヘ..。

いい意味でハリウッド的。

異生命体はぶっ殺していい相手なので迷いなく潰す。理解しあう気さらさらなし。相手の事情はお構いなし。だって侵略者。怪獣vs巨大ロボを成立させるためのもの以外の余計なものがない。ビルの中に人がいて死んでしまったりつぶされてしまう事への中途半端な”配慮”が全くないのが逆に素晴らしい。だって戦いは人類vs怪獣(異生命体)だから。

原作者じゃないけど、あれは僕らのものでもある。

翻って日本のリメイク、実写化を考えると悲しくなった。自分たちが生み出したモノを自分たちで”陵辱”しまくってる感じ。どれとは言わないけどSFアニメの実写化映画、それだけならまだしもアニメの実写CM。お金の関係や大人の事情はクリアしているけれど、原作愛のない”二次創作”は悲しいよ。僕は原作者じゃないけど、あれらは僕らのものでもあるんだから。

パシフィック・リムは、ここまで「原作」愛に溢れてると感謝したくなった。これだけ観客が喜んで感謝してるのを見て、日本の実写化やリメイクにいい流れが生まれることを望む。

日本で作るなら湿度が必要か。

日本の場合、あんなにお金をかけられないのでどうしても迫力に欠ける。だからなのか、日本作品は「中途半端」に人間ドラマを入れてつまんなくなる感じがする。あと、たいていの場合、タレント力でなんとかしようとしているが残念。たしかに「男の子病」を克服した「ちゃんとした」大人を説得してお金を出させるためには、有名芸能人を起用して宣伝でいろんな番組に出まくった方がいいという大人の事情はよくわかるのだけど。

日本のお家芸である、モノへのディテール湿っぽさを組み合わせた特撮映画が見たいと思った。初代映画版ゴジラや、ロボット刑事K、マンガ版デビルマン、マンガ版キカイダーなど、何かしら背負ってしまっているヒーローものに浸かって生きてきた身としては。

昔の日本の特撮ヒーローものはヒューマニズムと社会風刺のバランスが絶妙だった。ゴジラに始まりウルトラセブン、ロボット刑事K。哀愁をまとった「異形の者」をずっと描いてきたじゃないか。メタモルフォーゼとしては手塚治虫の流れであり、悩めるヒーローとしては石ノ森章太郎であり。中途半端にヒロイズムを入れ込んでたら、パシフィック・リムを超えられない。どうせなら哀愁をたっぷり入れ込んだVFXバリバリの日本特撮が映画見たい!

映画をちゃんと見ていないので、そういう日本映画があったら教えて欲しい。昔は良かったって言いたいわけじゃないので。

「内」と「外」の感覚。

日本人でない‎ギレルモ・デル・トロが、こんなに分かってくれていることへの感謝を感じた映画。(監督は日本のアニメ、ロボット、怪獣が大好きなので、単に同じ日本という場所で見ていなかっただけで、同じものは共有している人だと思うが)。

でもこれって、日本のことを分かってくれてありがとうっていう、ある意味ではとてもローカルな考え方なのかな。突き詰めると、内と外の感覚の強さを意識してしまう。僕らの怪獣やロボットを、ちゃんと扱ってくれてありがとう、的な。日本という国を超えて怪獣と巨大ロボが広がったことを喜んでいながら、怪獣とロボに対するパテント意識が非常に強い自分を見つけてしまう。

「余白」=「僕の考えた最強の○○」

造形的にはヒーロー的なロボと怪獣がいないけど、観客の頭の中に「僕の考えた最強の○○」があるはずなので、そこが余白となって幾らでもしゃべりたくなるんだろうな。好きなことは追求すべきだと感じた映画。嫁は「男の子」じゃないし世代も下だったので、これほど同世代と見てわーわー言いたい映画はなかった。そういう意味では、映画館を超えていく文化になる映画なのかも。二回とも付き合った世代が下の嫁は、DVDを横で解説してもらいたいと言っていた。辟易とするくらい語ってしまうぞ。 

余談 

近未来SFなどで退廃的かつ世紀末的な街として香港や中国がよくでてくる。ブレードランナーとか。高層ビルも裏町もある雑多な感じを見せたいのな。何でも商売にしてしまう生命力の象徴なんだろうなあ。
「萌&健太ビデオ」はやっぱり意図的なのか?消火栓とかリサイクルボックスとかはちゃんと表記してあるから、ワザとかも。近未来SF映画で日本が描かれる時によくある間違いをオマージュ(って言っていいものかわからんが)してるのかもしれない。
そういえば、昔見ていたアニメのキャラクターがCMで変なこと言わされてると悲しくなるけど、ダースベーダーがコミカルな役どころでCMに出ていてもあまり悲しい気持ちにならないのは何故だろう。スターウォーズは日本のものではないけど、「男の子病」罹患者からすれば「僕らのもの」なのに。

 

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