あまちゃんとtwitterは、社会派/ファン/マニア/オタク/サブカル好きの垣根を壊すかも。

「あまちゃん」はファンとマニアとオタク、さらにはサブカルの垣根を完全にぶっ壊したドラマかもって気がしてきた。

もうサブカルは地に落ちて過去のオタク化しているとか、
若い人たちはサブカルもオタクも一緒だったりとかありますけど。それは別のエントリーで。

あまちゃんは、クドカンが意図的にツッコミしろを豊富に配置しているので、
元ネタや裏の意味を過剰なまでに探ることが”ゲーム化”している。

今更いうことじゃないけど、アイドルを目指すアキの母親が実際のアイドルのキョンキョンであり、当時のアイドルとして薬師丸ひろ子がでている。アイドル物語に実際のアイドルが出ていながら、アイドルを文脈的に語りたい存在にさせた秋元康が太巻のモデルであり、その先駆けが小泉今日子で、アイドル事務所の社長。

ついでに言うと、あま受けをしているあさイチのイノッチは現役アイドルという重層構造。このあたりもいろいろと論じたくなりやすい構図。

これが朝ドラでなければ、元ネタを探ることだけがディープに進行するんだろうけど、
そこは朝ドラ。

あらゆる地域のあらゆる世代が何かしら引っかかるようになっているあまちゃん。
・震災の被災地を舞台としている
・アイドルの成長物語が描かれている
・三代の母娘関係を描いている
・田舎と都会の対比が描かれている
・80年代の文化をちりばめている
・etc。

Twitterは、テレビを目にぶつぶつ言ってた言葉を世界中にばらまくことが出来る。
人に聞かせるほどでもないような脊髄反射のつぶやきを。

ただ、小ネタへのツッコミだけじゃなく、
被災地の状況を伝える tweet もあれば、
潮騒のメモリーの歌詞の元ネタを解読するもの、
伏線とのつながりを解説するもの、
アイドルの成長物語をオタク目線から解説するもの。
時間をかけて分析したり、あま絵を描いたり。

Twitterを舞台にして、様々なベクトル・レベルのあまちゃん論が一斉に流れて目に入る。
論というよりは「見方」なんだけど。

ファン目線、震災目線、オタク的なモノもサブカル的なモノも
あらゆるレベルの発言が、鉄拳アニメの列車のように入り交じる。

あまちゃんを媒介にして、
社会的な出来事に関心のある層、ファン、マニア、オタク、サブカル好きの目線が混ざり合っていく状況なんじゃないかと。

「この漫画で 一度サブカルは死ね!そして甦れ!」と
『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』の帯で能町みね子が書いているけど。

 

その突破口があまちゃんになるのかもしれない。

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