[追記8話考察] SFのファンタジーが欲しい『安堂ロイド』

要約:考察も含む。『安堂ロイド』にのめり込みきれず、いろいろ見落として見てたことが分かった。せっかくなのにで、全話見返して考えた。ついでに、なんでのめり込めないいのかを考えた。7話まで進んでいて、今さら感が強いのだけれど、ここまで来たら言っておきたい安堂ロイドに付いての一言。


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ぼくの、ぐだぐだした想いをすっ飛ばして考察部分を見るには こちらまでジャンプ

※ 8話見てからの追記をこの色(★)にしています。

★#8時点の、勝手な結末予想はこちら。七瀬とラストクイーン関係の追記はこちら

最初に言っておくけど、ロイドが麻陽との記憶をなくした8話からが大事だと思っている。ARX II-13に戻ったってことだから。ここをどう描くかだ。(7話までで書いてます12/1 20:00現在。下に追記)

★追記:2013年12月1日 22:05 8話鑑賞後───────────────────────────

勝手な想いではあるけど、こんなに早くARX II-13(ロイド)が記憶を取り戻すことに、残念際なり無い。記憶と自己意識を失ってそれをどう描写するかを楽しみにしていたのだけれど。まあ最初からこう思うような人はこのドラマ見てないかもしれない。

時空とか、機械と感情とか、機械が自我を持つこととか想いとかってSFとしてはきちんと描いて欲しい、「僕らの大事なテーマ」なんだよ。それを、1話だけで取り戻すし、素粒子が想いであり時空を超えるっていうこと(a)を全てセリフで説明する脚本に、残念な想いが満ちあふれている。脚本上つじつま合わせだけして、消化し切れてないって事だよね。描き切れてないよね。(a) が変だって言いたいわけじゃない。説得しないで納得させて欲しかったのに。あれは説得でもなく、有無を言わさず言い聞かせるかのようだった。まあ、角城の再裏切りとか、あの説明が裏切られる可能性もあるけども。

最後まで見るけどさあ・・・・・。

やっぱりここが、SFファンと安堂ロイドの間にある大きな溝なんだなあ。

俺、何でこんなにこだわっているのだろう。SFが根付いて欲しいからだろうなあ。「キムタク好き〜!」って気持ちで見ると、そりゃあ萌えますよ。しっかり演じ分けてるし。サプリの、感情ビフォーアフターも可愛いですよ。でもなあ。ドラマとしてはどうなんだろう。

もう一般視聴者にSF萌えが少しでも増えたら、このドラマの目的は果たしたってことにしよう、あくまで俺の中で。

* * *

おまけ:ロイド(ARX II-13)の妹機 ラストクイーン(ARX IX)、モデル番号は2 と 9。2+7 (七瀬) =9 にようやく気付いたわ。

追記2:12月3日

この意気込みには敬意を持っている。チャレンジだからこそ、単純な視聴率論争に巻き込まれる必要はない。だからこそ、メッセージを受け取るほどの「世界観」を感じられなかったのが残念。説明セリフだけで伝えてしまっているのが⋯。

http://twitter.com/LloydAndo/status/407170895124262912

http://twitter.com/LloydAndo/status/407571853708754945

────────────────────────────────────────────────────

自分の変遷としては、1話から艶がありすぎて、ロイドに感情があっても当たり前だという感覚が強かった(俺の第1期)。でも、せっかくの連ドラでSFというチャレンジ。相手の技(ルール)を受けようという気持ちで見た(俺の第2期)。けれど、感情が芽生えているという設定にどうしても入り込めなかった。それがなぜか考えてみた。

内容的考察(ってほどでもないけど)は後半にあるので、そこまで飛ばしたい人は「安堂ロイドの世界を解釈してみた。」へどうぞ。

で、おれはなぜここまで安堂ロイドにこだわっているのかしらという素朴が疑問は残るんだけど、ここまで来たらやるだけやってみるか。やっぱり、連ドラでSFをやるチャレンジを見届けたい、SFが連ドラで流れるような未来が来たら良いなあと思っているから。SFX、CGが残念などという意見は全く持っていない。チャレンジを応援している。

目次 7話時点

* * *

一応自分はSFファンだっていっいるわりには、詳しくを語れるほどではない。ハードSF小説もあまり読んだことはない。立ち位置を明確にしておくと、頑張って読んだのがニューロマンサーくらい。手元の本見たら初版 昭和61年ってあってビックリした。まあ、同じ世界観を共有するブレードランナー、ニューロマンサー、攻殻機動隊が好き。あと、銀河英雄伝説とスタートレック、人間ドラマが見えるのも好き。

最近は全然読んでないです。気になっていた『虐殺器官』(著:故伊藤計劃)を読み始めていて、浸り始めている。

で、なんで、ここまで入り込めなかったのか、何が「壁」になっていたのか考えた。

SFファンと「溝」があるのはなぜ?

1話目で登場人物の名前がSF関係の名前のもじりだといtweetをしたら、自分は経験したこととない数のRTされた。SF好きから言えばわかりやすい小ネタだが、なるほどと思った人が多いのだろう。それがあそこまでRTされたのは、このドラマを見ている人にSF好きが少ないんだろう。もしくはわざわざ言う人がいなかったのだろう。あまりにもわかりきったネタなので、あまちゃんのときのように、見つける喜びの少ないネタだった。SFファンの心をくすぐらないドラマに小ネタ。

SFファンはあまり見ていないとした場合、SFファンと安堂ロイドの間にある溝(壁)は何だろうって事が気になった。

* * *

「ぼくのSience Fantasyを守って」っていう「ぼくたま」気分

SFファンってそれなりに年齢高い人が多かったりもするらしい(それはそれで嘆かわしいことだけれど)。若いSFファンを増やすっていう気持ちがあるとしても、ちょっと描写が雑かなあ。

“人工知能、機械が自己意識を持つのか、感情を持つのか”というテーマは、SFでは、王道だし大事なテーマだと思っている。

SFファンには、「機械が感情を持つ」ということについては、ひとかどの意見があるし、リアリティと共に、センチメンタリズムやファンタジーを感じている。もっとナイーブで大事に扱って欲しいテーマなんだ。

小説を読むハードなSFファンだけでなく、アラフォー以降の世代はテレビやマンガで当たり前のようにSFに触れてきた。特にロボット・アンドロイドものでいえば、鉄腕アトム、人造人間キカイダー、ロボット刑事Kなどのように、機械と人間との間でどちらにも属せずにいる作品を沢山見てきた。知らない人はおじさんおばさんにさん聞いてね。

原作のないオリジナル脚本のはずなのに、みんなのイメージにある人工知能、アンドロイド、感情の獲得などのテーマをあまりにも、軽く扱っているように見える。「ぼくのSF」を「レイプ」(蹂躙)してるとまでは行かないけど、この辺りのテーマを、麻陽とロイド(黎士)の「恋愛」で片付けしまっているように見えるから、熱が冷める。

「感情の芽生え」の点では、ロイドの名前をもらった後に、麻陽の母に黎士と呼ばれてその場から居なくなるが、これを「嫉妬」と名付けてしまうあたりが「乱暴」。あれは自己意識の混乱じゃない?

このドラマは、こういったテーマに対するファンの想いへの愛とか、描写が少なく感じられる。SFへの愛があるんだか無いんだかどっちなんだろうなあって思っちゃう。

SFに僕らが持っている「ファンタジー」を守って欲しい。

「世界の匂い、温度がない」のが一番残念

1話で麻陽が「伝えたいですか、こんな世界のこと」と言うと、黎士は「(この世界は)むしろ問題だらけですね」と返す。ラストクイーンは 「きょうだいでこの地球の人間、絶滅させちゃわない?」と言う。現代の世界への絶望から「知識や良識に優れたいわば人間の完成型」を目指した結果が大量虐殺の未来になってしまい、それを取り戻す鍵がロイドと麻陽(黎士の想い)なのは頭では理解できる。けれど、その破滅的な未来、現代への警鐘など、その世界の「空気感」として描き出されていなのが非常に残念。想いの素粒子を3.11に絡めているが、震災の重さとかみ合わずセリフが空回りしている感じ。[★修正追記12/3]

人類大虐殺という非常に暗い未来を感じさせない。人口抑制のために大量虐殺を行う未来に説得力が感じられない。それを行うアンドロイドの「切なさ」を感じられない。

葦母が「俺みたいな人間にも希望だって信じられるもの」と言うけど、破滅的な未来のリアリティがないその時代の暗さの暗さがないから、ロイドを希望だと言う気持ちに説得力がない。

本人が気付かないうちに感情が芽生えているという設定に文句はない。そういうもんだろう。ただその描写は乱暴。

モノをいたわることの説得力がない。ARX II-13をモノに感じない、モノをいたわる背景が見えない。背景をほとんどすべて説明なく描いてしまう。

前も言ったけど、用いる言葉が現在の延長なので、未来感がない。「ダウンロード」だの「404 Not Found」だの陳腐。

結局、小ネタのレベルが低い。元ネタを探ろうって言う気持ちにならない。オマージュ(原作への経緯のある引用)がオマージュになってない。声を真似る敵アンドロイドにモノマネ芸人を使うとか、楽しめない。

物語的リアリティがないのが残念

科学技術を全て理論立てて説得させる必要は無い。キーとなるテクノロジーがあってそれのおかげで、他の説明が付くならそれで良い。ようは、「次元物理通信」の説得力が無い。

「説明するなら説得して。しないなら納得させて」ってこと。両方の意味での物語的「リアリティ」がない。なので、8話で寝返った角城がすべてを説明してしまうことがとても残念だった。説明に飛躍がありすぎたし、有無を言わせず言い聞かせるかのようで、物語として“寂しい”。

結局キムタクと柴咲コウに背負わせすぎ。ラブストーリーに寄せすぎ。予算ぶんどってきて連ドラでSFやるんだから、恋愛要素入れなきゃいけないのも分かるけどさ、そうじゃなくてヒットしたドラマもあるじゃん。

ロイドが葛藤していることに説得力を感じない。ファンなら、キムタクの表情にそれを感じ取るかもしれないけど。普通に見ていると、「いつものキムタク」が壁になる。「ロイドも黎士も一緒じゃん」って思っちゃう。まあ、7話見て久しぶりに黎士の演技見たら、黎士は黎士に見えるなあとは思ったけど。言っておくけど、1話を最初見たときは、キムタクの演じる黎士が、いい感じに3枚目で、好感を持ってたんだけど。

声優に俳優などを起用するのに似ている。その人のイメージが強すぎて、そのキャラクターを感じられないのかも。演出サイドは、設定や世界観にそうとうこだわらないと、「キムタク」が感情移入装置にならないことを分かった方がいい。壁になる。いつもの「キムタク」を感じてしまうから。

ようは、SFのファンタジーへの「丁寧さ」「礼節さ」「作法」「文法」がなってない。

* * * * *

安堂ロイドの世界を解釈してみた。7話まで

そうはいっても、1話から見返して考察はしてみた。穴があれば教えて欲しい。

記憶と自己意識と感情

▶記憶と自己意識

記憶は「自分は何者か」という自己意識に関連が強いだろう。記憶喪失になった人は、自分のアイデンティティが揺らぎ、周囲の人は「自分の知っている〜さんではない」と感じる。記憶を消すことを拒むロイドという描写は、自己意識や感情に繋がるためには納得できる。

▶自我意識

ロイドは徹底して自分とは何ものかを問わない。「自分は壊れたら代わりのいる消耗品だ」という。機械が感情を持つかという事がテーマだと思って見ていたが、感情はロイド自身が気付いていないだけで#1からすでにその萌芽は見えている。

よく考えると、「消耗品だ」ということにこだわっている。逆に自我意識(自分は何者か)があるともいえる。記憶を持ち続けることが責任だとまで言っているし。破壊でもなく処理でもなく「殺す」と言っている。

#7で麻陽に名前を付けられた記憶をすべて失ってからが、「自分とは何ものか」という問いが始まるのかもしれない。★#8 ➡それはなかった。すぐ記憶戻っちゃったので。[12/3追記]

時空のループ

未来との次元回路を閉じている。➡時空のループ発生で、「闘い」をくり返している

黎士:「勝つまでやる」といって、死んだときに微かに笑みを浮かべる。麻陽を守る決意の思いというより、「自分が死ぬことによって次の一手が拓けることもある何か(葦母)」を思っての笑みだろう。

★#8で角城が「沫嶋教授が一度殺されたのも、策略だったと思われます。彼は殺された後、脳がデータ化され2113年に運ばれることを予想していた」とあるので、1話の笑みは、これで麻陽を守れるという笑みなんだろう。[12/3追記]

閉じられた次元回路。〜角城「フタが開かなければこの世界は朽ち果てるのみ、もしくはこの世界ごと奪い取るか」。

黎士は、「勝つまでやる」ために「タイムケーブル(=次元物理通信回線)」を閉じた。人口抑制のために大量虐殺が起こる未来が来ないように。そして麻陽が死なないように。

理論的には矛盾するこの2つを実現するため、何度でも何度でもやり直しているんだろう。おそらく黎士は、次元をループさせて、閉じた世界に何らかの形で「生きて」いる。

黎士が死ぬ14日前から、チャイムに細工があった。自分の部屋が広くなるように麻陽が感じる描写があり、時空の歪みが大学や黎士の自宅で起こっている。➡黎士の机(とその周辺)が鍵ではないか。PC、東京タワーの模型、二人の写真、ロイドメガネなどがそのトリガーになっている気がする。

阿修羅と帝釈天の闘い

帝釈天

阿修羅は帝釈天と戦うのだが、何度やっても力の神帝釈天には勝てなかった。その歴史を変えようという大きな野望を持っている黎士。

システム異常をきたす際に現れる文字(左)は、帝釈天を表す梵字(右)。帝釈天にコントロールされるように、クライアントの命令で「伝言」を伝える。

Taishakuten M03

阿修羅は元々正義の神。美しい娘(舎脂:シャチー)を帝釈天に力尽くで奪われ(陵辱され)、阿修羅は帝釈天に闘いを挑んだ。 力の神である帝釈天に阿修羅が勝てるわけはなく、何度も闘いを挑み続ける。闘いの中、娘は帝釈天を愛してしまう。 娘のことについて阿修羅に正義はあったが、闘いをくり返すなかで、それに固執し続けて善い心を失ってしまう。「正義のために何かを犠牲にするという思いやりのない正義」ともある。(参考)

▶アスラシステム

阿修羅Asura の梵字

Asura

ヒンドゥー語って、デーバナーガリー文字というので書くのですね。

Asura sysytem

おそらくこれは、welcome to Asura system

असुर = Asura

ससि्टम → system ←これ綴りが正しくないです。推測

में आपका स्वागत =  welcome to

このあと、文末が少し変化するんだけど、もう分かんないです。誰か教えて。

Asura sysytem2

★[追記12/3]:Last Queen はVersion 7.1.0だけど、起動画面に大きな違いはない。

「虐殺器官」へのオマージュ

虐殺器官と表記するのは、伊藤計劃『虐殺器官』へのオマージュだろう。

ただね、「器官」とは大きな組織体(生き物など)の特定の機能を持った部分という意味。「虐殺器官」というなら、ロイドは一個の個体ではないことになる。名前があって個性があって、という存在とは言えなくなる。その切なさが後で描かれるのか?

オマージュだとしても、「器官」という用語について、サンソン家紋章まで気付いたロイドを再起動させた星が気付かないのは変だ。

『虐殺器官』との類似点。すいません、まだ読んでる途中(^^;。

  • アスラシステム:「戦闘前に行われるカウンセリングと脳医学的処置によって、ぼくらは自分の感情や倫理を戦闘用にコンフィグする」19p
  • 戦闘で銃を使うこと:「(他の殺し方を)こなす自信はもちろんあるし、それになによりなじみ深い銃と弾丸で、ぼくはこれからまだしばらくは殺しつづけるだろう」15p
  • 名前をもらったロイドと、殺戮の記憶:「名を持ち人生を鮮やかに描き出された個人ならば…名もなき敵を殺すよりはるかに心的ストレスは強烈だ」26p

1話でサプリはロイドを「虐殺機械」と呼んでいるんだが。あー、アスラシステムが「虐殺器官」か?。

* * * *

その他、設定上の考察 っていうか疑問

▶「麻陽が世界を救う」とは?

麻陽がねらわれる理由について、ロイドは答えられない。「生き延びると100年後の世界が変わる。歴史通りに殺されると飢えも孤独死もなく平等な世界になる」と。

平等な世界(=麻陽が死ぬ世界)をねじ曲げているのが黎士(公式サイト)。

黎士は、「平等な世界」と「麻陽のいる世界」の二つを共存させようとしているのだろう。

そのためには、何度も世界をやり直す(勝つまでやる)必要がある。その時の唯一のルールが「安堂麻陽が死ぬことは禁止」なのだろう。

特異点とはある基準や法則が成り立たない点のことだが、麻陽が今回の時空理論の特異点なのだろう。

つまり黎士にとっての世界は、片方だけの世界ではない。阿修羅と帝釈天の闘いを超えた所にあるか。

★#8 角城「沫嶋教授のあなたへの想いが2113年と2013年を繋ぐゲートを閉じているのです」というので、ループしているわけではないかも。

七瀬とラストクイーン

★[12/3追記] 七瀬の項目とラストクイーンをまとめた

ARX II-13と、妹機 ARX IX➡モデル番号は2 と 9。2+7(七瀬) =9 なんだろう。

七瀬には、兄が大好きな「黎子」という凶暴な性格の交代人格ができあがっている。黎子が活動していると、七瀬の主人格は記憶がない。兄をとられまいとして、黎士の研究データにアクセスし、ラストクイーンを作った可能性がある。設計図と5Dプリンタさえあれば、アンドロイドは製造可能なので、「黎子」=七瀬がラストクイーンを2013年に作ったのかも。ラストクイーンが「(ロイドは)兄じゃねえ」というのは、七瀬の交代人格 黎子の人格が投影されている。また、ロイドに向かって「きょうだいでこの地球の人間絶滅させちゃわない?」と言うので、“きょうだい”意識はある。そのあたり、多重人格性もありそう。

ラストクイーンが4話で七瀬に「パンドラの箱を開けよう(未来のテクノロジーを現代で使おう)」とそそのかしている。9話の予告では「だれも私を認めないなら、私もこの世界を認めない」という七瀬。ラストクイーンの言うことは七瀬の交代人格 黎子の想いそのもの。

- - - - - -

多重人格:天才の兄と比較されて列車制御システムをハッキングし、結果的に両親を殺す。その重圧に絶えきれず多重人格になったという描写。月を見ると悪の面が出てくるようだ。黎士が昼に星を見上げていたのとは対称的。

ただ黎士があのように“のほほん”と成長できた家庭で、親があそこまで七瀬をあけすけに責めるだろうかという疑問はある。多重人格は元々あったのかもしれないという可能性も。まあ、黎士は1つのことに秀でた天才で周囲の空気を読む能力が欠けているから、両親が妹にきつく当たっていることには全く気付いていないことも考えられるが。

七瀬が黎士を殺して開けた「未来」が、いまの世界。ラストクイーンが「だったら何であたしはここにいるの?」という。七瀬が黎士を殺したので、ラストクイーンが七瀬の目の前にいる。麻陽に黎士を取られたくないという思いから、黎士の計画を邪魔するのか。麻陽のいる世界を。

果たして七瀬は人間なのか、という疑問さえ在る。多重人格なので、ラストクイーンの存在が幻覚という可能性もあるが、#8予告を見る限り、実在していそう。

▶タイムケーブル=次元物理通信回線

黎士は警察上層部とは別の回線を持っている(いた?)

▶脳データの行方

おそらくは、黎士の机に鍵があるか。東京タワー(の模型)、麻陽と黎士の写真、ロイドメガネが発動のカギかなあ。

12月2日追記:ZIPPOの炎も関係しているかも。

▶ユカワOSとアスラシステム

ユカワOSとアスラシステムは、無理に同居させている。だから、切換時に身体のバランス制御ができなくなる。感情プログラムがインストールされてもそれは変わらなかった(5話)。

▶将棋の世界観

嵌め手〜隙を見せて相手を引っかける戦法。ロイドを「黎士が生きていた」という麻陽に対して「奴(葦母)の嵌め手だ」という。

葦母「自分が死ぬことによって次の一手が拓ける」:ある駒を相手に取らせることで、次の展開が始まる。

ロイドが朝人将棋をする場面、古くさい言葉遣いになるのはサニー千葉「お相手いたす」との関連かな。黎士の作ったプログラムをインストールしたのかも。

▶小ネタ系 追記[12/3]

#8、公安が「新型機には品性がインストールされている。知識や良識に優れたいわば人間の完成型を目指して作られている。人殺し好きの軍人や傭兵など下品をベースに作られている分危険は大きい」っていう。この方には是非 樹なつみの「OZ」を読ませたい。ムトーとネイトが持っている礼節と品性に学びなさいと言いたい。

* * * * *

ここから先は自分メモ。

感情獲得の流れ

▶感情の芽生えはあるが、自分では意識できていない時期。

人間であっても有り得る。乳幼児期にプラス(快)かマイナス(不快)かどっちかだけの大きなくくりで感情が発達するが、なんで泣いているのかまでは分かっていないし、それ以上細かな感情は分からない。

▶麻陽を守ることについては「感情的になる」といえる。

ロイドは最初から感情の萌芽を持っている。

#1、麻陽が死のうとするとこの力のある表情。「安堂麻陽が死ぬことは禁じられている」というときは「怒り」にも見える表情。これは感情の芽生えだとして論じる。

Roid face

#1でラプラスを原子還元処理する際に、思いに耽るような表情になる。

1roid raplas

#2で敵に掴まれ麻陽に「くるな!」という時、感情的な表情に見える。

▶感情があることに気付いていないロイド

#2、敵に攻撃をかわされて「チッ」と舌打ちしている。目的が遂行できないことにいらついている。

#2、原子還元処理の際に、ふと意識が別に行く描写。「良心の呵責とかあるんだ」と麻陽が言うが、ARX II-13は気付いていない。

#3、夢を見る。ARX II-13は否定する。夢は犬でも見るんだそうだ。

#3、殺人のことについて「一瞬たりとも忘れたことはない」と言う際、思い悩むような表情を浮かべる。

#4、ナビエと戦いたくないという状態。「嫌って何だ」というARX II-13

#4、サプリ「そんなに嫌なら(ナビエと)殺し合わなければいいじゃん」ARX II-13「嫌ってなんだ」「嫌って言うのは今のあんたの心の中」

ナビエは「大量殺人の経験から、夢を見るようになった。良心の呵責を伴った」という。おそらくロイドも虐殺の際にはそうなっていただろう。

「あんたのAIには感情が芽生えつつある。高度な人工知能はプログラムなどなくても必然的に感情を持つ場合がある。場合によっては人間より遥かに豊かな感性が拡がるはず」

▶感情プログラムのインストール。涙を流す

#5。サプリに感情プログラムをインストールされる。涙を流す。ナビエを原子還元処理した後に涙を流すARX II-13。5話でもう涙かよと思ったが、7話で記憶をなくすからそのために展開を急いだのかも。

▶名前とともに自己意識が強まる。あれは嫉妬ではなく混乱だと思う。

#5、名前を付けられることで自分とはという「自己意識」が明確に強まる。「人の名前なら文句はない」という。「自分は壊れることが前提の消耗品だ」と言いながら、機械であることに引っかかりを感じているのか?

#6、違う名前で呼ばれて混乱するロイド。ロイドという名前を与えられ、自己意識が大きくなる時期に「黎士」と連呼されて怒ったような表情を見せる。これは、怒っているというより「混乱」の方が近いだろう。それは「不快」なので「怒り」でもあるのだが。

これを「嫉妬」と名付けてしまうことは、ちょっと先に飛びすぎているように感じる。

▶意志を持つ。

#6。「自分の意志で麻陽を守る」というロイド。

▶記憶をなくす。

#7、修理により再起動するも記憶を失う。

★結末予想 8話時点[12/3追記]

勝手なトンデモ予想をしてみた。悲しい結末を見たくない人に向けた結末。完全にこのドラマ世界のテイストでの予想。映画とかSeason 2 にひっぱるのかもね。

結末1:黎士の脳データは、素粒子となって世界中に拡散して浮遊している状態。なので、麻陽が「黎士の存在を感じる」。黎士は肉体的に「死んだ」が、麻陽は黎士の存在を感じながら生きていく。

結末2:黎士の脳データを元に、黎士が「復活」する。2パターン。

結末2-1:黎士の脳データが何らかの形でロイドに一体化する。ロイドをベースに黎士が融合した状態。黎士の記憶と自我を持った、ロイド。

結末2-2:黎士そのものが「復活」。5Dプリンタで身体をつくり、脳データを取り込む。

理屈:アンドロイドの内部は、ほぼ人間と同様なので、より人間に近い形で5Dプリンタで出力する。

公式サイト「アンドウロイド解析には、「一種類のナノマシーンの集合体。空気中の原子を取り込んで自己複製し、電気を栄養源としてて目的の機能にあわせて、分化していく。iPS細胞をコンセプトに作られたため、死のプログラム(テロメア的なもの)も入っている」とあるので、ほぼ人間ってことでいきましょうっ!。

結末2-1も2-2も、黎士は戻ってくるが、ロイドがいなくなったことに麻陽は困惑する。しかし、黎士の言動にロイドの痕跡があることがわかってオシマイ。

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