テレビは怪物。文句も“エンタメ”。タモリとアイソン彗星とFNS歌謡祭と壇蜜様。

要約:FNS歌謡祭とタモリ司会の宇宙生中継の感想を書いていたら、壇密様のエロスの話しになってしまった。

* * *

昨日、12月5日の夜は楽しい祭だった。

「FNS歌謡祭」が19時から4時間。

NHKスペシャル「宇宙生中継 彗星爆発 太陽系の謎」が19:30から20:43。

祭で疲れたので、“水曜どうでしょう祭”には参加せず後で見ることに。

宇宙的タモリ

どちらも捨てがたいお祭りだけれど、FNS歌謡祭から宇宙生中継に移動。

宇宙ステーションの4K映像で自分たちのいる日本を生放送で見るという不思議なスケール感。「なのに」、それをタモリが司会しているし、横には東野幸治。ブラタモリの久保田アナもいる。

オープニングで、タモリは「アイソン彗星が消滅しちゃったけど、番組本当にやるんですかとスタッフに聞いたんです。やるって言うんですよ」と、いかにもタモリらしいトーン。

宇宙ステーションが九州上空を通るとき、タモリがいつもの調子で、「あの明るい点が私の実家です」といい、宇宙ステーションにいる若田さんが笑う。

エンディングで東野が、「若田さんを笑かせましたよ」というと、「俺のギャグは宇宙的なもの」とタモリ。こんなことを言いつつ、最後には、「私も活躍してるようですけど、宇宙から見たらどうでもいい」と締めくくる。タモリの視点の広さ、フリ幅、「なりすまし」がよく分かる瞬間だった。

「なりすまし」とは、ニッポン放送開局60周年記念番組で笑福亭鶴瓶と対談したときにタモリが言ったことば。「おれの本当の芸はなりすましだ」と言っていた。山下洋輔らが飲んでいる部屋にふらっと入り込んで一緒に盛り上がり、赤塚不二夫宅に居候し、するりと芸能界に入り、いいともの司会を30年続ける。その場にいてもおかしくないという人に「なりすます」のがタモリ。これだけの大物なのに、自分を固定化しない視点を絶えず持っている。(音声)

アイソン彗星が消滅する前に撮られた写真がたくさん紹介されていたけど、「ニワカ」でブームに乗ろうと思っていた自分をあざ笑うかのように、アイソンはいなくなっちゃった。なんかそういう予想外なことや、それでも番組はやったことも含めて、「生」な番組だった。

何でも入っていたFNS歌謡祭

そして、FNS歌謡祭。自分の主目的はももクロだったけど。

ファン目線でいえば、ももクロは、れにちゃん(高城れに)がTHE ALFEE 桜井さんコスプレで登場し、いつ桜井さんにキスをするかという期待で見てた。フォーク村で坂崎さん、新堂本兄弟で高見沢さんにキスをし、今回でアルフィーコンプリートだ、と。

でもファン以外から見れば、歌が下手ってなるだろう。ファン目線でもあれは「移ろいやすい音程」だし。きっとそれぞれのファン目線がたくさんあったんだろう。

Twitterの検索画面は読むことが不可能なスピードでスクロールしていた。意外なコラボと選曲に湧いてもいたけど、歌が下手だ、この人が出てない、録画だ、口パクだ、なんて声も多かった。この曲を汚すな、なんでこの人に歌わせるんだという「文句」も沢山あった。もっと出て欲しい、持ち歌を歌わせて欲しい、この歌をこの人が歌うなんて嫌だなど、いろんな想いが渦巻いてた。

そのTweetを見ながら「嫌なら見なきゃいいのに」というと、横にいた嫁が「それはつまらない」と言った。何でも入っているのがテレビだと。

ああ、全くその通りだ。テレビはずっとそうだ。まあ、もともと箱だしメディアだし。いろんなモノを通す道でしかないんだった。

背景に物語があるコラボ、この曲をこの人たちがという驚きもありつつ、アイドルもいれば、移ろいやすい音程もある。

見ない自由は当然あるから、見たくない人は見なければ良い。けれど、それを楽しんでいる側が「嫌なら見るな」と言ってしまうのは、やっぱりつまらないことだなあと思った。

文句もエンタメ

FNS歌謡祭は「放送事故」という煽りも含めて、楽しいお祭りだったのだ。このtweetを見て、文句言うのもテレビ愛かも、と思った。

文句を言うことも、エンタメになっている。これがTwitter犯罪自慢的なものを拡散したりするのは、影響を考えるとどうかと思うけど、テレビ番組の文句はそこだけで終わることだし。

文句を飲み込むテレビは、やっぱり怪物だ。

なにより三谷幸喜さんの歌壇蜜様の歌声はテレビ的だった。

華原朋美と小室哲哉のコラボが終わり気まずい雰囲気を三谷幸喜が綺麗さっぱり更地にする。「夜もヒッパレ」の逸見雅孝さんを思い出し、モト冬樹とグッチ裕三の代わりにテレビの前の視聴者が吉本新喜劇のようにずっこけたはず。

壇蜜がここまで脱いだ!

壇密の歌(のヘタさ?)に驚いた人もいたようだけれど、立ち居振る舞い、谷村新司との「絡み」、艶にかなりの人が参ってしまったのも事実。

壇蜜の歌は、歌というより語り、吐息という印象だった。あえぎ声かも。

最初は、「語るように歌う」人になっていくのかもと思っていたのだけれど、後から考えると、あの歌を披露すること自体がとてつもなくエロい事なんじゃないかと思った。

壇蜜は、テレビという公の場所で、歌という自分の秘所を曝す。それも、奥ゆかしげに。遠慮がちに自信なく、すこし恥ずかしげに歌う。申し訳ないかのように。緊張で震えるかのように絞り出す声で。衣服を外したどころではなく、精神的な衣装まで脱ぎ捨ててしまうのですね。なんというHなお姉さんでしょう。もう前に行きすぎていて、大きくあいたドレスから覗いた背中は見えません。

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