自分の「3.11」。この出来事とは大きな距離があるままだ。

僕にとっての3.11。自分はこの出来事と、とてつもない「距離」があるままだ。

2011年の3月11日の2時46分、北海道にいた僕は、仕事中大きな揺れを感じて、一緒に話していた人と、長く揺れてるね、凄いね、大丈夫かな、なんて話をしていた。その後どんどんいろんな情報がテレビやTwitterで入ってきた。ニュース映像を見るたびに「うわー」の連続だった。

土地柄、直接の被害があまりなかったし、自分の身の周りで被害に遭った人がいないことを確認してからは、自分からあまり情報を取り込まなくなった。

情報を取り込まなくなった理由は他にあった。

自分の心を守る

その頃いろんな事が重なっていて、自分自身が激動の渦の中にいた。

自分の気持ちを保つこと。食べて寝て起きて仕事に行く、生活を回す。それだけで精一杯だった。今でもあの時のことはよく覚えていない。

自分の仕事が対人支援関係というのもあって、2004年の新潟県中越地震では、支援の手伝いをしたこともある。その時の支援のあり方について、一緒に支援した人や支援をとりまとめた人とあれこれ話し合った。もともと関心のある事柄ではあるのだ。

けれど3.11の時は、これ以上何かを知ることは自分が溢れてしまう、と感じていた。

そう感じて意図的に情報を仕入れなかったというより、無意識に震災・原発事故の情報とは距離を取ったのだと思う。本能的に取り込まなかった。

自分の身を守るために自然とそうしたのだろう。それがあの時の僕の生活だった。

ただ、家に帰ってテレビを付ければほとんどがその話題だし、ラジオもテレビも報道中心となってしまい、好きなバラエティやお笑いは「自粛」されていた。職場にいる人の中には、東北に親戚がいる人もいた。職場で人と会うときには、「震災」「原発事故」は共通話題でもあるので、それなりにの情報だけは入れていた。

社会で生きていくために必要最小限の知識だけを入れているような感じ。

余裕のある自分だったら、マニアックにニュースを深掘りして、放射能のことを調べたり、報道されていないものをネットで探し出したりしただろう。

* * *

未だに「距離」がある

けれどこの話題に関しては、未だにどこかで「距離」がある。

今年も3月11日前後には、特集番組が報道されているけれど、なかなか見ようとする気持ちが生まれない。衝撃映像が恐いからではなく。

今まで当たり前だったものが、突然無くなること。当たり前の生活がとても大切なこと。当たり前を見直してみようという声。そんなことを3.11を契機に考えたという話し。どれもその通りだとは思う。けれど、自分には実感できない。別の出来事に触れて、これらのことを考えることはある。

「がんばろう日本」や「絆」っていう言葉を全面に押し出された時には、自分たちが自然と感じるものを押しつけられていることに壮大な違和感は持ったのは確か。

東浩紀氏が「震災でぼくたちはばらばらになってしまった」と言っているのを知って、ずっと気になっていた。「ばらばら」という言葉だけは、ずっとひっかかっている。自分もこの出来事で距離を感じているから、気になったのかもしれない。

『思想地図β vol.2 震災以後』という本の巻頭言にあるということだけは知っているのだが、まだ読んでいない。

ぼくはさきほど、震災でぼくたちはばらばらになってしまったと記した。

正確にはぼくは、震災前からぼくたちはばらばらだった、

震災はそれを明らかにしただけだと記すべきだったのかもしれない。(中略)

日本人は「みな同じ」でなければ連帯することができなかった。

* * *

離れている気持ち

原発のことエネルギーのことが生活に突きつけられているのは分かっている。「3.11から逃れられる人はいない」ということがよく言われる。考えなければいけない問題であることは分かってはいる。けれど、僕の気持ちはそこから離れてしまう。

他のことであれば、自分が体験していないことでも「もし自分なら」と想像する方だ。それなのにこの「3.11」だけは、自分の中でなにかが違う。

「3.11の前には戻れない」のはそうなんだろうとは頭では思うが、実感がない。

バラバラなままなのに、まとまろうと言われていることに対して違和感を持っているのだろうか。

アンダーコントロールだと言いながらコントロールできていないこと、報道されていないものやウソがあることが知らされ、何が本当でウソかが分からなくなってしまったから、「3.11素人」になってしまったのだろうか。

知らないことが悪いと誰かに言われているわけではないけれど、勝手に変な後ろめたさを感じてしまっているのだろうか。

その時期にいながら、出来事を肌で感じられなかったことで「乗り遅れた」という感覚をもっているからなんだろうか。「乗り遅れる」たぐいのものではないのだろうけど。

このことをちゃんと考えていない「申し訳なさ」を感じているのか。考えなければならないという重圧を感じすぎているからなのだろうか。

あの時の大変な自分を思い出したくないからなのだろうか。それはもう落ち着いているし、いろんな人の力も借りて話して整理もしているつもりだけれど。

書いては見たものの答えはなく、誰に向けたわけでもない文章になってしまった。

どれもこれもまだぴんとこない。それもよく分からない。

いつか自分のタイミングで、このことを捉える日は来るのだろうか。

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